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心理的園芸活動の報告

さて今月はGAのCPD報告を出す月 このコロナがなければ一昨日はコケ玉の講座だったんだけど 中止にしちゃったからね。報告すること…あまりないのだけれど、 Podcastを始めたのでそこ報告しよう。 本当はこのブログだってCPD 対象ではあるのだけれど、一度もBLOGを対象にしたことはない。 「でもまぁ…これからはPodcastくらいは出すか」と思えるようになったのは年なのかもね 20年前は今のように心理学のウケもなくて『癒し』とか心の弱い人みたいに括られかねない時代だったよね それに「園芸療法」も心理学の壁にはばまれて(今も)いて 作業療法でしかなかったのが、心理も作業もいいとこどりで阻むところはそこに置いたままでセラピーが始まって・・・ いい時代がやってきた。 園芸と心理の融合を目指してきた10年 もがいて苦しんで排除されてきたけど今はどうでもよくなった これから多分GAの報告にも心理面での園芸普及活動も織り込んでいけるだろうなと思うとワクワクする よし。 CPD報告書書こう!

園芸療法の楽しみ方(自分でできる癒しの手立て)

 長い梅雨の中でPodcastは更新していたんですが、BLOGにはしてませんでした。 今回は園芸療法について話しています し始めた話ですが、前提の話で終わってしまったようです。 心理学と園芸療法についての前置きです この前置きをちょっと聞いていただかないとやっぱりダメかなーという気がします 園芸療法の第2回目は自分でできる園芸療法 心休まるフロー状態を生み出す園芸療法のご紹介 フロー状態は「没頭して周りのものが見えなくないほどの集中して楽しむ状態」     (正しい定義じゃないです) フロー状態を持つということは精神安定上けっこう有用なことです 園芸に親しむことでフローな状態を持ってみませんか? 園芸療法の楽しみ方 色鉛筆画を描こう! 花や庭の絵を描くのも前回のフロー状態を作る一つの方法です そんなご紹介です 心理学がらみの園芸療法のお話は待たず――っと先にまた話したいと思います そろそろ梅雨が明けます

「園芸療法」にこだわらない園芸セラピストとして

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植物をいじっていてホッとしたり、癒されたりする人は多くいます。 その心のなごみを今まで「園芸療法」と一に括ってきました。 もちろん一般には今でもです。 「園芸療法」は今のところ作業療法の一部だとしか認められていません。 「園芸療法」が園芸が作業による心身の改善…という定義(定義の書き方が簡略ですが)となっているので、 作業療法の枠組みになっています。 定義の中の心身の 心 だけを分けて、園芸の方面から見るだけでなく 心理学から「園芸」をとらえ科学的に実証して、裏付けを施さなければ 「園芸療法」が作業療法から脱することはできないでしょう ここ最近論文チェックしていないのですが 東日本大震災で丹精込めた庭を失った方(健常の方)の失意の思いを当時ニュースで聞いた記憶があります またその後のことも。 園芸ということへの思い入れは人により、失うことへの大きさが、 たかが「園芸」 たかが「植物」 たかが「庭」ではないのですね それを考えると園芸は「園芸療法」=作業療法でくくってしまえるのか難しいところだと思いませんか? 最近では園芸のよい影響として、コロナで疲弊した心が、人と接触しない畑で癒されたとか 昔からですが、ベランダガーデニングで植えたの花が咲いたというだけで、人間関係のモヤモヤが失せたとか 心の問題で小さなストレスや悩みが改善したという事例もあります。 ならばどうして作業療法から逸脱できないのか… --------以下推測です 科学的に実証できないのかもしれない。個人差がとても大きいのではないかなと… 花を見て美しいと感じるか… 正の感情だけではない! 負の感情: 虫がいそうで気持ち悪い。 あの花の色嫌い。 枯れたら汚い。 花の匂いが嫌い。 蜂とか蝶とか飛んできたら迷惑。 管理ができなくて枯らすことがよくある自分を思い出して気分が悪い…など 花一つでも感じ方がこれほど違うのです。 もともとこのように感じ方が多様である植物に対し、 心というあいまいなことを科学的に実証するというのは とても難しいことなのかもしれません では結局「園芸療法」で心が置き去りにされてしまうのか。 だから今、そこにこだわらず必然的に作業療法だのとのくくりから脱却し、 心の問題として「園芸療法」をやりだしている部分が見え始めたのでしょうか。 ...